俳優の 野間口徹さんが 衆院選挙投票日の前日に投稿したポストに、共感の声や「いいね」が集まる一方、野間口さんに対して、誹謗中傷コメントが書き込まれました。
その後、野間口さんはそのポストを削除し、「誤った情報を流してしまいました。申し訳ありません。」と投稿。
「誤った情報」とは何だったのでしょうか。いったい何があったのでしょうか?

調べたら「誤った情報」ではありませんでした。
この記事で、解説していきます!



「誹謗中傷」は絶対にダメですよね!
野間口さんがポストを投稿~削除するまでの経緯
2月7日、野間口さんは、Xに「投票しに行きます」と投稿
野間口徹さんは、2月7日、下記の文章を投稿しました。
明日、投票しに行きます。
基本的人権を失わないために。
(引用元:野間口徹さんXより)
野間口さんは、現在このポストを削除されています。
(引用元リンクは、ポストではなく、野間口さんのXアカウントです。)
2月7日の投稿を削除
野間口さんは、翌日2月8日に「誤った情報を流してしまいました。 申し訳ありません。 気を付けます。」と投稿し、
前日の「明日、投票しに行きます。基本的人権を失わないために。」というポストを削除しました。
誤った情報を流してしまいました。
— 野間口徹 (@nomaguchi_toru) February 8, 2026
申し訳ありません。
気を付けます。
そして、翌2月9日に、このようにポストしています。
たくさんの学びがありました。 ありがとうございます。
(引用元:野間口さんXより)
たくさんの学びがありました。
— 野間口徹 (@nomaguchi_toru) February 9, 2026
ありがとうございます。
なぜ野間口さんは、ポストを削除したの?
では、野間口さんは、なぜ、ポストを削除したのでしょうか?
「圧力」があった?
Xでは、野間口さんに対し「何らかの圧力がかかったのでは」という心配の声が聞かれます。
しかし、なぜ削除したかについては、野間口さんにしか分からず、野間口さんはそれについて語られていません。
これは筆者の想像でしかありませんが、野間口さんは、おそらく、自民党の憲法草案について調べ、
そのうえで、野間口さんのご判断で、削除されたのではと思います。
では、なぜ、ご自身の投稿を「誤り」と判断されたのでしょうか?
それについて、見ていきましょう。
野間口さんはなぜ「基本的人権」について投稿したのか?
まず、2月7日、野間口さんはなぜ、「基本的人権を失わないために。」と投稿されたのでしょうか?
高市首相は、元々、憲法改定に、非常に意欲的な人物として知られています。
2012年の自民党草案についても、近年でも肯定的な発言をしています。
2021年のネット討論会で、高市氏はこのように述べていました。
(高市氏)「公共の福祉という言葉が中途半端でわからん。『公益および公共の秩序』として、国民の命や国家の主権に関わるような事態に一定の制限ができる形をはっきりさせたい」と述べた。
(引用元:朝日新聞 2021.9.27)
市民たちは、こういったことを長年ウォッチしてきています。
選挙が終わるまで、高市首相は「改憲」への言及を意図的に避けていましたが、有権者の多くは、ちゃんと気付いていました。
なぜ「基本的人権が失われる」危険性があるのか
自民党は2012年「自民党草案」の中で「憲法第97条の削除」をうたっています。
現行憲法97条には、「最高法規」として基本的人権の位置付けが示されているので、これを削除することは、人権保障を意図的に弱めることになります。
「自民党草案」には「97条の削除」があるので「誤り」ではないのでは?



では、野間口さんは「誤った情報を流して」いるわけではないよね?



はい、野間口さんは「誤った情報」を流していません。
ただ、「自民党草案」の中には、「第11条」に「基本的人権の享有」があるにはあります。
それを踏まえて、ご自身の判断で、削除することにされたのだと思います。
(※あくまでも、筆者の想像ですが)
「自民党草案」の中にある、第11条です↓
【※自民党憲法草案にある第11条】
基本的人権の享有
第十一条
国民は全ての基本的人権を享有する。
この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。
(引用元:自民党憲法改「正」実現本部HPより/6ページ目)
(※本サイトでは、カッコ付きの“改「正」”と表記します)
ちなみに、現行憲法の条文はこちらです↓
【現行憲法の第11条】
〔基本的人権〕
第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
(引用元:衆議院)



しかし、この11条も、「妨げられない」と「現在及び将来の国民に与えられる」の部分が削除されており、「弱められている」といえるでしょう。
というわけで、11条、変えられてしまっているものの、「基本的人権」の記述はあります。
また、自民党は「当時の議論の総括であり、党の公約や憲法審査会への提示は行っていない」と説明していますが、2012年の憲法草案を取り下げた記録は見当たらず、かつ現在も自民党の公式サイトの中にあることから、自民党の公式な文書として、存在していることが分かります。
つまり「基本的人権」を弱めていく可能性が高い草案は、撤回されていません。
あくまでも、筆者の想像ですが、野間口さんは「圧力に負けて」ポストを削除されたのではなく、
きちんと調べたうえで、ご自身の判断で削除されたのだと思います。
これは、野間口さんの「たくさんの学びがありました。 ありがとうございます。」という言葉からも、判ります。



もちろん、野間口さんも、2012年憲法草案が取り下げられてはいないことはご存知だと思いますが、
・表向きには「当時の議論だ」とされている
・その憲法草案にも“一応”11条に基本的人権が入っている
以上のことから、削除をご判断されたのでしょう。
野間口さんのポストは他にもありますが、そちらはちゃんと残っています!
逃げてばっかりだ。 すぐ忘れると思われてる。 許せないよね。
(引用元:野間口さんX)



こうやって、市民が声を上げていくことは、大事ですよね。
(もしも「圧力」があったなら、こちらのポストも削除しろと言われているのでは、と推察されますが、ちゃんと残っていますので。)
ただ、こういった意見表明に対し、誹謗中傷がされている問題は、依然としてあります。
「誹謗中傷」を見かけたら、止める・あるいはX社に報告するなど、私たちが出来る範囲で、人を守ることをやっていきましょう。
野間口さんが「間違えていない」理由とは?
以上のように、野間口さんご自身が「誤った」としていますので、筆者も、その事をもちろん尊重します。
それとは別に、筆者は、野間口さんの「基本的人権を失わないために。」の解釈は、誤りではなかったと、評価しています。
ここからは、それについて、順を追って解説していきますね!
自民党の「2012年憲法草案」では、第97条の条文を全削除
まずは、野間口さんがポストされた文章にあった「基本的人権を失う」の意味について。
前述の通り、自民党の2012年「日本国憲法改“正”草案」では、第97条が「全て削除」されています。
現行憲法の第97条には、このように記載されています。
第十章 最高法規
〔基本的人権の由来特質〕
第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
(引用元:衆議院)
この「第97条」を全削除する、ということは充分、「基本的人権」の危機となり得ます。
(繰り返しますが、「2012年の憲法草案は、その当時の議論」であっても、撤回はされておらず、2026年2月現在も自民党の公式サイトの中にある公式文書です。)
自民党のいう「第97条と第11条の“重複”論」
しかし前述の通り、2012年時点での「改“正”草案」にも、第11条 ─つまり「基本的人権」に関する条文が存在します。
ここが、問題点を判りにくくしているところです。



では、この「改“正”草案」は、結局のところ「基本的人権」を、どう扱っているの?
第97条を全削除する「理由」として、自民党は「第11条と重複しているため」と主張しています。
しかし、これは、そもそも「重複」ではありません。
これを、学術的に整理してみます。
97条と11条は「重複」ではない
「第97条」と「第11条」は「重複」ではありません。
そもそも、憲法における構造上の位置付けが違うんです。
| どの章にあるか | その位置付け | |
|---|---|---|
| 第11条 | 第3章「国民の権利及び義務」の一部 | 基本的人権の享有自体を規定している |
| 第97条 | 第10章「最高法規」の冒頭に置かれている | 憲法全体の人権保障の根拠・実質的最高法規性を示す役割がある |
単なる重複ではなく、憲法理念(法の支配・立憲主義)の基礎付けの条文として機能していると評価されています。



衆議院憲法審査会の議論でも、97条の位置付けは重要視されています。
(衆議院の公式サイトで読めます。)
法学者であり、早稲田大学法学学術院名誉教授である 水島朝穂さんも、このように述べています。
Q&Aでは「内容的に重複」というのが削除理由だが、そもそも11条と97条とでは置かれている位置関係がまったく違う。
11条は第3章の人権条項の冒頭にあって、人権の歴史性と普遍性を条文として宣言し、具体的な人権条項への総論的役割を果たしている。
他方、97条は第10章「最高法規」の冒頭の条文であって、最高規範性の宣明(98条)と、権力を担う主体に対する憲法尊重擁護の義務づけ(99条)の目的を示すものである。
つまり、統治のあり方も憲法の存在理由もまさに人権の保障にあるということである。
それだけ97条は憲法の最高規範性を確保するために不可欠な条文といえるだろう。
それを「内容上重複」というだけの理由で削除するのは、憲法条文上の設計思想を理解しない、不遜な態度というべきである。
また、私は憲法97条の解説のなかで、憲法における「時間軸」について指摘したことがある。
(引用元:水島朝穂さんブログ)
…基本的人権は、不可侵かつ永久の権利であり、かつ、いま生きている「現在の国民」だけに保障されるものではない。
11条と97条はともに、まだ生まれていない「将来の国民」への眼差しも忘れていない。
憲法における「時間軸」の問題である。
97条は、基本的人権が、人類の自由獲得の努力の産物であるという歴史性にも言及している。
ここでは「スパルタクスの反乱」など、奴隷制時代の闘争にまで遡及するわけでなく、近代、特に18世紀市民革命期の自由と民主主義を求める努力が想定されている(宮澤俊義=芦部信喜補訂『全訂日本国憲法』日本評論社)。
「過去幾多の試練に堪へ」とは、各種の全体主義による自由と民主主義に対する攻撃や圧迫に対する抵抗と、それを守り続けてきた努力の総体を指す。
そのような歴史への眼差しは、97条の特徴である。
11条が、人権の総則としての位置づけをもつのに対して、97条ではさらに、基本的人権の「過去」と「現在及び未来」との関係やパースペクティヴを明確にしつつ、最高法規の章に置くことで、基本的人権を憲法のレゾン・デートル(存在理由)にまで高めたものといってよいだろう。
仮に「重複」だったら、削除しても大丈夫なの?
では仮に、仮にですね、
第10章ではなく、第3章の中に97条と11条があったとして、それは「重複」なのでしょうか?



いいえ、
「位置付け」ということとは別に、それぞれに重要な意味がある、ということも解りました。
このことからも、やはり「重複だから、削除する」という行動にはなり得ません。
様々な観点から、「基本的人権」を規定するのは、「重要なことなので、2回言うよ」ということ。
そこは2重にも3重にも「重複」していた方が安全ですよね。
それをわざわざ「削除」することを考えつく、その目的は何でしょうか?─そこを警戒し、観察し続けることが大事ですよね。
なお、繰り返しになりますが、自民党草案が残した11条でさえも、
「すべての基本的人権の享有を妨げられない」「現在及び将来の国民に与えられる」の部分が、意図的に削除されています。
第97条は「最高法規」なのになぜ、後ろの方に配置されているの?



でも、なぜ「最高法規」なのに、後ろの方…「第10章」にあるの?



良い質問です!
日本国憲法の章立ては、このような構造になっています。
- まず、人権を保障し(第3章)
- その人権を守るための国家機構を作り(第4章~)
- 最後に「これが全部の上に立つルールですよ」と宣言する(最高法規)
という流れになっています。



読んだ人が理解しやすい章立てになっていることも、優れているところですね!
まとめ─「自民党草案」は「基本的人権の危機」になりうる
検証の結果、野間口さんの「明日、投票しに行きます。基本的人権を失わないために。」というのは、学術的に見ても、「誤った情報」ではありませんでした。
理由は、次の通りです。
- 2012年の自民党草案は、2026年2月現在も自民党の公式サイトの中にあり、撤回されていないこと
- 第97条と第11条は重複しておらず、97条が全削除されてしまうことは、基本的人権の危機になりうること
- 第11条も、自民党草案では「妨げられない」と「現在及び将来の国民に与えられる」の部分が削除されており、巧妙に、基本的人権が弱められている
もちろん、誤っていました、と、ご自身で判断・訂正された、野間口さんの気持ちは、尊重したいと思います。
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