Mrs.GREEN APPLEの楽曲「僕のこと」、いい歌ですよね。
ストレートに胸に沁みる歌詞に涙した人は、ファンのみならず、大勢いると思います。
最近「僕のこと」を聴いて、この歌のことを知りたい方へ。
この歌が生まれた経緯、大森さんが歌詞に込めた思い、歌詞の意味について解説しました。
「歌詞の解釈」については、色んな見方があっていいと思います。
ここでは、筆者の考察を解説しています!
Mrs.GREEN APPLE「僕のこと」について
Mrs.GREEN APPLE「僕のこと」は、第97回全国高校サッカー選手権(2019年)のテーマ曲として 書き下ろした曲です。
ミセスは、2019年1月14日の高校サッカー選手権大会・決勝戦会場で、「僕のこと」を生演奏しました。
そのライブのスピーチの中で、大森さんは「全ての人たちを肯定する歌」と紹介しています。
「初めましてMrs. GREEN APPLEです。
この度、大会の応援歌を担当させていただきました。『僕のこと』はすべての人たちを肯定する、そのような曲です。聴いてください。」
(引用元:Music Booster 2019.1.15 )
歌のタイトルについて
「僕のこと」というタイトルは、1人1人の思いが重なってチームになっていく、という思いを込めて付けたのだそうです。(参考:skream 2018.10.16 )
高校生へのメッセージ
当時、ミセスの皆さんは、高校生の方々へ、こんなメッセージを贈っています。
【高校生たちへのメッセージ】
自分たちは「僕のこと」という曲を通して、一人一人の色々な思い出になれたらいいなと思っています。一生懸命歌って、演奏したいと思います。
僕らも人生を懸けて作った楽曲ですので、良かったら一緒に聞いてください。
(引用元:skream 2018.10.16 )
合唱曲の「定番」曲になった「僕のこと」
様々な人々の心に響いてきたこの楽曲ですが、やはり学生さんたちに向けて 大切に綴った応援歌は、学生さんたちの合唱曲の定番になりました。
「僕のこと」作詞にあたっての想い
「僕のこと」の作詞・作曲は、大森元貴さんです。
当時、応援歌のオファーをもらった時、勝敗が存在するテーマに対して楽曲を制作する、ということが とても難しかったのだそうです。
それで、これまで毎日頑張ってきた高校生さんたちの、学校生活の1ページ1ページの尊さ、そして これからの人生への賛歌を描こうと、誠心誠意向き合って制作させて頂いた、と語っています。
(参考:skream 2018.10.16 )
大森元貴さんは、「日曜日の初耳学」林修インタビュー(2024年9月15日放送)でも、当時のことを、こう振り返っています。
(大森元貴さん)「スポーツって、どうしても勝ち負けが存在して、
高校サッカーっていうと、何千校ある中で 勝者が1組、つまり残りの何千校が「負ける」ということなんですよね。
それって、なんて酷な事なんだろうって、僕は当時思って。
希望だけを歌ってしまうと、本当にきれいごとになってしまうので、本当の意味で、彼らへの応援ソングにはならないなぁと思って、すごくプレッシャーでしたね。」
石川祐希選手「『僕のこと』に励まされた」
当時、学生だった方々はもちろんのこと、人生を頑張って生きる人々にとって応援歌となった「僕のこと」。
この曲には、アスリートの方々も、共感し、勇気づけられているようです。
バレーボール日本代表の石川祐希選手は、ミセスがデビューした9年前、石川選手が20歳の頃から、ミセスの楽曲に励まされてきたといいます。
日本代表選手にも、ミセスを聴いている人がたくさんいるのだとか。
練習の始まる前、音楽をかけてウォーミングアップをしているそうです。
髙橋藍選手が選曲係で、ウォーミングアップ中ずっと、ミセスの曲が流れていたのだそう!
石川祐希選手は、オリンピックのバスで試合に出発する時、「僕のこと」を聴いて、静かに闘志を燃やしたといいます。
(石川選手)「僕たちスポーツやってるので、結果でしか証明できないけど、勝つ人が半分、負けも半分、絶対結果は出てしまうので。
そうじゃなくて、今までやってきた練習を信じるというか、自分とチームを信じて戦う、というモチベーションを作りやすかったというか」
こちらは、その「僕のこと」の歌詞の一節です。
奇跡は死んでいる
努力も孤独も報われないことがある
(引用元:Uta-Net Mrs.GREEN APPLE「僕のこと」)
そして、この一節に繋がっています。
それでもね
今日まで歩いてきた日々を人は呼ぶ
それがね 軌跡だと
この言葉は、いまを生きる全ての人の、人生そのものだと思います。
林修さんも、ここについて考察されています。
林先生、この一節が好きなのだそうです。それを、ミセスの皆さんにも、伝えていました。
(林修さん)
「奇跡は死んでいる」の部分、擬人法ですよね。
あそこがすごく良いなと。
あれが「奇跡は死んだ」だと、もう奇跡は起きないけれど、「死んでいる」だと蘇ることは否定されていないんですよね、
今「は」死んでいる、という風にとれて。
その後の、努力も孤独も報われないこと「が」ある、ですから、報われること「も」ありますよね。
いやぁ良いなぁって。
作詞した大森さんも、そうです、その通りです、と仰っていました。
報われることもあるんだよ、ということを、そっと伝えている…それは私も、優しいなぁ、と感じた歌詞でした。
ちなみに、石川祐希選手は、ミセスのライブに来てくれたそうですよ!
(参考:「日曜日の初耳学」2024.9.15 )
「僕のこと」の歌詞の意味・考察
「僕のこと」の歌詞には、始まりと終わりに、こんな問いかけがあります。
僕と君とでは何が違う?
曲の始まりでは、この問いかけの後、
「同じ人間」であることは分かってはいるけれど、でも、言い知れぬ不安な気持ちになることがあって、
みんなも、同じ不安を抱えているのかな、自分だけではないといいな、という繊細な気持ちが表れる歌詞が続きます。
そして、終わりには、始まりと同じこのフレーズを唄った後に
それぞれにみんな経験してきたことがあり、そのひとりひとりの人生は、全てが愛しく尊いんだ、という締めくくりになっています。
そして、その間の歌詞には、たくさん、がむしゃらに頑張っている人たち・悩み多き人たちへの 贈る言葉たちが 織り込まれています。
ああ なんて素敵な日だ
幸せと思える今日も 夢破れ挫ける今日も
ああ 諦めずもがいている
狭い広い世界で奇跡を唄う
幸せと思える日も、くじけてしまう日も、どちらも、俯瞰して見てみると素敵なんだ、奇跡なんだと伝えています。
自分から見えている狭義の世界では、「奇跡」が起こらず「夢破れた」ように見えるかもしれない。
でも、それらは 決して失敗なんかではなくて、経験値となり、自分の糧となる。
それは、広義では「すべての物事が奇跡」であり、いま生きていることが奇跡なんだよね、と。
歌詞が、決して説教臭くなく、優しく心に響いてきます。
そして、その経験値が、まさに 歌詞の中にある「軌跡」なんですよね。
3度目に 同じメロディーを唄うところでは、より具体的に「挫ける今日」の心情を表しています。
ああ なんて素敵な日だ
幸せに悩める今日も
ボロボロになれている今日も
ああ 息をしてもがいている
全て僕のこと
「幸せに」「悩める」
「ボロボロに」「なれている」
形容詞の後に、逆説的な可能形を用いていますね。
悩むことができている、もがくことができている。
何も感じなくなってしまったら、心が息をしていないのと同じ。
悩むことが出来ているのは、いま僕が生きている証なんですよね。
この歌のいいところは、主語が「僕」や「僕ら」になっていて、「自分の気持ち、自分の人生」から、優しく語りかけてくれること。
普遍的な悩みではあるけれど、悩んでいる「僕」の中では、僕から見える世界が全てで、もがいている時は、苦しみだけを見てしまいがち。
その「僕」を、「僕」が肯定し、「僕として、いまを生きることが愛しいんだ」と「僕自身が考え、気付く」過程を、歌を通して体験できるのが、本当に良いんですよね。
(もしも、そうではなく、仮に大人目線・他人目線から「生きているだけで幸せと思いなさい」なんて言われていたら、私なら「人の気も知らないで!」と心を閉ざしてしまいますから…)
「僕のこと」は、悩みながらいまを生きる人たちへ寄り添いながら、幸せについて、心の葛藤について、俯瞰して見る視点を与えてくれる歌です。
そして、自分自身を肯定すること、生きるということの尊さを歌う、全ての人への応援歌だと思います。
「僕のこと」歌詞全文は、こちら
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